- 会話の中で気づいた「聞いて理解すること」の苦手さ
- 「どう見られるか」を手放したら楽になった
- 今までだったら
- 楽しさと疲れ、どちらもあっていい
- おわりに
1.会話の中で気づいた『聞いて理解すること」の苦手さ
それは、「耳から入った情報を理解すること」に少し苦手さがあるかもしれない、ということ。
ASD由来の特性かと思う。小声で聞き取りにくかったということもあるけれど
それ以上に「察すること」や「状況判断」が求められる場面で、
言われていることをうまくつかめないことが何度かあった。
よく考えたら、いつもこの場面、聞き返さずに流していたかもしれない。
竹さんあぁわたしはこうやって言われていることが
わからない時があるんだな
と自分のことを俯瞰してみて、今回は落ち着いて素直に聞き返してみた。
そうしたところ、特に違和感をもたれることもなく、もう一度丁寧に話をしてくれて、
今度は理解できた💡。
誠実に耳をそばだてるようにして聞き直したし、「ちゃんと理解しよう」とする姿勢が、
相手に自然に受け取られたのかもしれない。
2.「どう見られるか」を手放したら楽になった
今回いちばん大きく感じたのは
「どう見られるか」をあまり気にしなくなっていたこと。
いいカッコをしようとせず、わからないことは聞く。
あと、いいことは素直に伝えること。
もともとわたしは素直なタイプなので、「楽しい、ハッピー」という、いい感情を相手に伝えることはできる。
でも人がいってることばを聞いて、ますますその効果を実感した。
「今日も楽しかったですね。」このひとことをあえて伝えることの意味。
こう素直に言われると、相手の人もうれしくなるのだと。
そして、それはそこにいる人達みんなの雰囲気を心地のよいものに変える。
ほんの小さな力となり得る。そう思っている。
だから、心から「楽しいな」と思っているのだったら、ポンっと言ってしまう。



「あー来てよかった、楽しいですね」
それだけで、会話の流れがとてもスムーズになった。そんな気がする。
それで、実際に「楽しいね」と伝えたことで、
新しい挑戦につながる別なとろこに「一緒に行きますか?」と誘ってもらう場面もあり、
人との関わりが自然に広がっていく感覚があった💪
3.今までだったら
なんとかカモフラージュして、おかしな素振りを見せずに乗り切ろうとしていた。
ちょっとでも、違和感があるように感じたら、そのイベントが終わってからも、



あのことばのチョイスはダメだったかな?
あの人は、あのとき嫌に感じたかもしれない。
と、たぶん一人反省会が続いていたと思う。
そんな自分を責める考えが「イベントの最中も頭を占めてしまって」
ストレスで身体が悲鳴を上げて
- 楽しいはずなのに、お腹を壊す
- 食欲がなくなって食べきれずに残してしまう
振り返ると、ずっと 『一人反省会が当たり前』そんなわたしだった…
でも今は違う。自分が変わったのだということを再認識する。
そして、新たに自分の持っている力を見つけることができたかもしれない。



興味のある分野の話で、少人数だったから、自分でも驚くほど話せた。
話題を振ったり、聞き役になったりと、場を回すことも自分でも驚くことに、できていた。
テキスト、文字でのやりとりの方が得意だと思っていたけれど、
対面の場でも意外とやっていけるのかもしれない。
もし、SNSでクローズドなコミュ二ティーが作れたとして、その先に、リアルな場で少人数の分かち合いの会を
開く機会を設けられたら、そのときにはわたしは進行役ができるかもしれない💡。そうも思えた。
4. 楽しさと疲れ、どちらもあっていい
イベント自体はとても楽しく、刺激の多い時間だった。
共通の話題があることもあり会話はしやすく、
周りの人たちのアクティブさにもよい影響を受けた。
とはいえ!カモフラージュしていた感覚もある。
相手の話を理解しようとすることで、いい意味で“カモフラージュ”
にエネルギーを使っていたのだと思う。
いつものことだけど、感覚過敏もあるからだと思うし、初めてのことが苦手なので、
他の人がその後、二次会や仕事に向かう中、自分は無理をせず、そのまま帰宅した。
この「楽しい」と「疲れる」の両方がある感覚も含めて、
今の自分の自然な反応だと思う。
5.おわりに
今回あらためて感じたのは、
「思った以上に気さくに人とコミュニケーションがとれるようになっていた!」
ということ。
少し不安があっても、実際に行ってみたら。
自分のことが冷静に見えて、苦手なことに対処できた。
あと、初対面の小人数の集りでも、意外としっくりと来て馴染めた。
そんな経験が、次の一歩につながっていく気がしている。
これからも、自分のペースで少しずつ挑戦していきたい。
それでは今回はこれで「じゃバーイです👋」




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