先日、皮膚科を受診し、医師に病状を説明しているときに、精神科の先生のやさしい聞き方との違いを感じた。
この感覚はもしかして…
精神科やカウンセリングの温かな場所と一般社会との差、ともいえるのでは?
わたしは、その差を埋める存在として当事者会が役に立つのではないかと考えている。
1.皮膚科を受診して
2.当事者会の立ち位置
3.まとめ
1.皮膚科を受診して
「この頃特に、ここらへんがヒリヒリします」
「〇〇はヒリヒリしないんだけどね。じゃあ塗り薬だしておきますね」
その皮膚科の先生は、はっきりしている先生で、わたしは自分の話をジャッジされているように感じた。
今はだいぶ考え方の癖が修正されているとはいえ、もともと、強く言われるとなんだか否定されているように感じがちな、わたし
「同じ医師だけど…」
と精神科の主治医とわたしの会話で、何がこんなにも違うのか?
よくよく考えてみた!
大きな違いは、これかな💡
*精神科の先生は、一度はわたしの話を受けとめるということ。
*話をつかみにくいASDのわたしへの配慮として、補足して説明してくれること。
竹さん「この頃特に、ここらへんがヒリヒリします」



「そう。」「あまり〇〇はヒリヒリしないといわれているけど、違うタイプの薬があるから…」
皮膚科の先生を悪く言うつもりはない。
限られた時間で多くの患者を診る必要があるし、目の前の患者が「メンタル弱い人」などと考えることもないだろうから。ごく一般的な診察の光景だと思う。
2.当事者会の立ち位置
この精神科の先生と皮膚科の先生の対応の差を考えたときに、ふとよぎった。
精神科やカウンセリングを受けたときと
その後の生活の中での、人との関わりの差ともいえるのではないかと。
家庭では密な関係性から出る癖のあるやりとりになる
職場ではカモフラージュを重ねて、本当の自分の気持ちが出せない
対人面において苦しむ方
こういう差に気持ちが追いつかない人も多いのでは?
わたしは、精神科やカウンセリングと社会(家庭や職場、学校)の間にオンラインの当事者会を作りたい‼️
同じような生きづらさを抱えている人たちが素に近い状態でいられる居場所を。
あえて匿名の世界、守られた環境。
そこで思い思いに語りあってもいい、いるだけでもいい。
そういう当事者会をわたしは作りたいと思っている。
Xとブログを始めたのもそのため。
どうやって作るかは、希望者する人が増えてきたら考えていく💪
3. まとめ
今回、皮膚科医と話したことで、わたしにとって、精神科の主治医とのやりとりは居心地がいいものだと、実感した。
それと同時に居心地がいい場所であるがゆえに
受診やカウンセリングを受けた後…
実生活の場所である家庭や職場、学校での人とのやりとりとの「差」が大きくなってしまう。
受診やカウンセリングは受けられる頻度も限られたものだと思う。
次の予約までの「間」はどう埋める?
わたしが考えている、広く浅い関わりの当事者会は
その「差」や、時間的な「間」を埋める存在になるのではないか!
わたしは今回それを再認識した。
ではではこんなところで「じゃバーイです👋」




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